てんかん外科治療Q&A
てんかんの外科治療に対して積極的に理解を深めるために,てんかんの外科治療に関する質問にお答えします。このQ&Aを読んでくださることにより,てんかんの外科治療に対する疑問や偏見,恐怖心などがなくなって,外科治療をうけててんかんを克服しようという新たな意欲が芽生えることを願っています。
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- てんかんの外科治療というのはどんな治療ですか?
- てんかんの薬物治療と外科治療はどうちがうのですか?
- てんかんの手術はいつ頃から始まったのですか?
- 外科治療とてんかんセンターについて教えてください
- 手術をするとよくなるてんかんについて教えてください
- 手術をすると完全に発作が止まりますか?
- 手術可能な年令について教えてください
- 手術後はクスリを飲まなくてもよくなるのですか?
- 手術の前の検査はどんなものがありますか?
- 手術を受ける場合の入院日数と手順について教えてください
- 手術の方法を教えてください
- 焦点切除術というのはどんな手術ですか?
- 脳梁離断術というのはどんな手術で,どんなてんかんに有効なのですか
- 運動野や言語中枢に焦点があると手術ができないのですか?
- 側頭葉てんかんの手術について教えてください
- 手術により起きうる合併症と後遺症について教えてください
- 治療費(手術料)の援助は受けられますか?
- 手術後どのくらいで運転免許が取れますか?
- 結婚したいので術後のクスリの影響について教えてください
Q1.てんかんの外科治療というのはどんな治療ですか?
日本では,人口1000人あたり8人以上の割合でてんかんの患者がいると推計されています。そのうちクスリではてんかん発作が止まらなに日常生活に支障をきたすようなてんかんを難治てんかん(治りにくいてんかんという意味)といいます。難治てんかんをもつ患者に対して脳外科的な手術をおこなって,てんかん発作を止めようとする治療法をてんかんの外科治療といいます。しかし,手術はてんかんという病気そのものを治すものではありません。発作を止めるための1つの治療です。安全に脳を手術しててんかん発作がなくなるか発作を減らすことができる可能性が高くなければ,外科治療をすすめる意味はありません。クスリで治るような,あるいはクスリで発作が止まっているような患者を手術することはありません。
てんかん患者の約70~80%はクスリで発作をなくすことができるてんかんです。約15~20%が難治てんかん患者です。他の5~10%は,発作が止まらなくても発作の回数も少なく,日常生活には問題のない例が含まれます。難治てんかんの中から手術をした方がいいという患者をきびしく選び出すと全患者の4〜5%が手術の対象となります。手術の対象となる患者は,発作の回数や程度などだけでは決められません。てんかん専門医やてんかん外科医の評価が必要です。日本ではてんかんの外科手術を行える施設がまだ限られています。
Q2.てんかんの薬物治療と外科治療はどうちがうのですか?
てんかんはまずクスリで治療されるのが基本です.てんかん専門医により正しく診断され,正しく薬物治療されたてんかん患者の7~8割程度がクスリで発作をコントロールすることが可能です.薬物治療ではクスリの副作用が出ないように血中濃度*を定期的に測定する必要があります.
いろいろな種類のクスリを試したり,クスリの量を調節したりしても,てんかんの発作が減らないときは,薬物治療ではこれ以上よくならないと判断し,もし適応があれば,引き続いて外科治療にまかされることになります.ですから薬物治療と外科治療はそれぞれ独立したものではなく,てんかんの包括的治療体系(てんかんを総合的に治療しようという立場の意味)の中で連続した治療として行われるべきものです.この点から,てんかんセンターにおいて,てんかん専門医と脳外科医がてんかん外科治療チームを組んで総合的にてんかんの治療に当たるのが理想です.また外科治療により発作が消失しても,術前とほぼ同様のクスリを飲み続けることが基本とされていますので,外科治療が終われば,てんかん専門医に患者をもどして薬物治療を続けてもらうことになります.
Q3.てんかんの手術はいつ頃から始まったのですか?
てんかん患者の脳切除に最初に成功したのはロンドンのホースレイという医者で1886年のことです.彼は英国最初の脳神経外科専門医であり,後に貴族の称号をもらっています.彼の手術は脳神経外科の幕開けを告げるものでした.てんかんの手術が脳神経外科の最初であったことは驚くべきことで,すばらしいことであると思います.脳波が発見されたのは,てんかんの手術の始まりよりずっと遅く1929年のことです.それまではてんかんの診断は脳波なしで行われていたわけです.脳波なしではてんかんの診断が不可能と思える現代とは大きな違いです.
さて,日本を見てみましょう.1902年京都大学外科教授の伊藤隼三がてんかんを含む40例の手術について報告しています.それ以後は散発的に脳外科的手術が行われたようですが,日本にはまだ脳神経外科という診療科もなく外科が片手間にやっていたような状況でした.1940年頃から,新潟医科大学(新潟大学医学部の前身)の中田瑞穂教授が米国流の脳神経外科手術を行い,てんかんの治療として前頭葉切除術や大脳半球切除術という手術を初めて行っています(手術の方法に関してはQ34で詳しく述べてあります).この頃,新潟医科大学病院外科の病室は全国から集まるてんかん患者がいっぱいだったといいます.中田瑞穂は後年脳神経外科開拓の功労者として文化功労賞を授与されています.1948年第1回日本脳神経外科研究会が新潟で初めて開催され,1965年に なってようやく脳神経外科の診療科が認められることになりました.前に述べたように脳神経外科はてんかんの手術に始まりましたが,戦後の交通事故の増加や脳卒中の増加により命を助けることを優先したために脳外科医はその治療に没頭して,てんかんの外科治療から遠ざかってしまいました.
日本ではてんかんの外科治療が一時まったく行われなくなりましたが,カナダのモントリオール神経学研究所をはじめ北米では綿々と続けられました.そして,てんかんの外科治療を行うものにとってもう一人忘れてはならないのがペンフィールドという脳神経外科医です.この頃は局所麻酔で手術が行われていましたから,彼はてんかんの手術を行いながら,脳の表面をこまかく電気で刺激してそれによる反応を見ながら脳表面(すなわち皮質)の機能を調べ,脳の機能地図を作りました.それを1950年に発表しました.この地図はどの教科書にも必ず載っています.私たちはこの機能地図を自分の患者の機能地図を作るときの参考にしています.
1982年磁気共鳴画像装置(MRI)が登場し,脳のこまかい構造の異常を診断できるようになると,てんかんの原因を正確に診断でき,手術が正確にできるようになったため,てんかんの外科治療が再び見直され,各国で行われるようになりました.北米では年間1000例を越えるてんかんの手術が行われているそうです.MRIの登場以前から脳外科手術は顕微鏡手術が主流となっていました.MRIと顕微鏡手術が新しいてんかんの外科治療の原動力となったのは誰もが認めるところです.その後もコンピュータの発達が次々と新しい診断装置を登場させました.患者の発作の様子とその時の脳波をビデオに同時記録できる装置が普及しました.これによりてんかんの分類が容易になりました.手術を行って硬膜下電極を留置する方法も進歩しました.長時間の硬膜下記録を行うことによりてんかん焦点の場所を正しく診断できるようになったため,手術により正確にその部分を切り取ることができるようになり,てんかんの外科治療はさらに進んだのです.
1989年にはモレルというてんかん専門医が軟膜下皮質多切術という新しい手術の方法を発表しました.これまでは,焦点が運動野や言語野にあると手術の方法がまったくなかったのですが,この手術法の登場により,機能的に重要な場所に対しても積極的にてんかんの手術が行われるようになりました.
今後もてんかん外科医は後遺症を出さずに発作を止める可能性を追求して,手術の技術を学び,いろいろの工夫を行っていかなければならないと思っています.
Q4.外科治療とてんかんセンターについて教えてください
てんかんセンターはてんかんの検査,診断,治療,リハビリなどを専門的に総合的に行うことを目指しています.さらにてんかんセンターの重要性として,てんかんの外科治療を専門的に行えることがあげられます.てんかんの治療は薬物治療と外科治療から成り,それぞれが別々に行われるものではなく一つの流れの中で計画されることが必要です.また手術の決定に問題がないようにてんかん外科治療チームを編成すべきであるといわれています.てんかんの外科治療を脳神経外科医の単独でなく,他のてんかん専門医などと共同のチームで行うために,てんかんセンターで専門的に行われるのが理想的と考えられます.
てんかんセンターには,脳波,ビデオ脳波同時記録装置, コンピュータ断層撮影装置(CT,シィーティー),磁気共鳴画像装置(MRI,エムアールアイ),局所脳血流測定装置(SPECT,スペクトと略して言っています),脳血管撮影装置などの診断装置が最低限必要です.てんかん医療チームとして,てんかん専門医(精神科医,小児科医),脳神経外科医,神経放射線診断医,訓練された看護師,臨床心理士,ケースワーカー,作業療法士などの密接なチームワークが必要です.もちろん臨床検査技師や放射線技師の援助が不可欠です.
日本にはてんかんセンターを標榜し,外科治療も行っている施設が2つあります.いずれも国立病院です.静岡てんかん・神経医療センター(静岡東病院より改名,静岡市),西新潟中央病院(新潟市)です.
Q5.手術をするとよくなるてんかんについて教えてください
てんかんの分類のうち,部分てんかんは新しい分類(1989年)では局在関連性てんかんという名前になっていますが,患者さんにはあまりなじみがないのでこの本では部分てんかんということにします.部分てんかんは文字どおり脳のある部分から始まるてんかんという意味があります.脳波も部分的な異常を示します.全般性てんかんは脳波の異常が脳全体に見られ,脳のある部分からてんかんが起きることがはっきりしないてんかんです.
特発性てんかんは遺伝的な素因があるものですが,薬がよく効き,ある年令になると自然に治ってしまう場合もあります.
手術の対象となるてんかんは症候性てんかんに分類されるてんかんです.症候性というのはてんかんの原因となる脳の異常があるということを意味します.MRIで異常が見つかったり,精神運動発達などが遅れていたり,脳に何らかの異常があることが疑われる場合です.
クスリで治らない難治てんかんの代表は,側頭葉てんかんといわれるてんかんです.側頭葉てんかんは症候性部分てんかんに分類されます.この側頭葉てんかんが世界中で最も多く手術されており,60~70%の患者の発作が消失しています.
側頭葉てんかん以外では脳の局所的異常を切除することにより発作をなくすことができます.その他に症候性全般てんかんの患者で失立・転倒発作(突然頭から倒れるような発作)を持つ場合は頭のケガの危険が絶えず,脳梁離断術という手術の良い適応になります.全般てんかんに対して手術してよくなる可能性があるのは脳梁離断術がだだ一つの方法です
Q6.手術をすると完全に発作が止まりますか?
手術は完全に発作をなくすことを最大の目的として行います.特に切除外科は発作の焦点(発作を起こす原因となる脳の部分)を完全に切り取ってしまう手術ですから,術後に発作がなくなる可能性の高い手術です.そのために,発作の焦点の場所を正確に決める必要がありますので,術前評価といういろいろな検査を組み合わせて焦点のある場所をさがします.焦点が運動野や言語中枢と離れたところにあり,切り取っても後遺症が出ないところであれば,切除してしまいます.今のところ発作が完全になくなる率は約70%です.
発作が完全になくならなくても,手術により発作がいちじるしく減る例も少なくありません.たとえ発作が少し残っても,後遺症がなく,生活の質がよくなれば手術をやってよかったと評価されるものと考えます.
手術は発作をなくすことを目的としていますが,クスリをなくすことを目的としてはいません.手術の後も,しばらくはクスリをのみ続ける必要があります(Q8 をお読みください).
術後しばらくは少し発作が残っても,徐々に減っていく場合があることも報告されています.
手術により発作がなくなって何年も経過した患者が,ふたたび発作が再発することはまれと考えられます.手術が不十分な場合には1年以内に再発することがあります.
Q7.手術可能な年令について教えてください
基本的にはどの年令でも,手術を行うことは可能です.いつから発作が始まったかもあまり問題としません.年令よりも体力的に全身麻酔や手術そのものに耐えられるかどうかの判断がたいせつです.たとえ乳幼児であっても,手術が患者の病状を改善させる可能性が高ければ,麻酔や手術が可能かどうかについて調べる必要があります.高齢の場合も同じ様な評価を行う必要があります.年令に関係なく,麻酔専門医が全身麻酔を可能と評価すれば,手術は可能となります
小児例についてはその手術適応は慎重に決定すべきであるという意見が多いようにおもいます.しかし,発作が多いために,常に手助けが必要な状態になることも少なくありません.くり返す発作が脳に悪影響をあたえないように早めに手術を行うべきであるという意見が最近強くなりつつあります.さらには,小児例では脳の回復力がめざましいので,より積極的にてんかんの手術を行うべきであると述べているてんかん外科医もいます.
発症から手術までの年数が短い方が手術の成績が良いように思います.手術までの年数が長いとおそらく2次性の焦点(てんかんの震源地)が形成される可能性が高くなるからではないでしょうか.そうなると切除範囲も大きくしないと発作を止めることがむずかしくなります.
手術の前に行ういろいろの検査の結果によって,発作型や焦点の場所を診断して手術ができるかどうかが決定されるわけですので,年令で手術ができるかどうかを判断することはありません.
Q8.手術後はクスリを飲まなくてもよくなるのですか?
手術をして発作が完全になくなっても術後しばらくはクスリを飲む必要があると考えられています.手術はクスリをなくすために行うものではありません.手術後も術前と同じクスリを通常3年くらいを目安にして服薬してもらっています.しかし,症例によっては多すぎるクスリを整理することがあります.発作がなく,脳波検査でも発作波が見られないときはだんだん少なくして中止することも良いと考えられます.
もともとてんかんの症状がなかった人でも,脳の他の病気で手術を受けた患者さん達は,てんかんを予防するためにクスリをのんでいる場合がかなりあります.てんかんの手術を受けた患者がしばらくクスリを飲むということはたいへん妥当なことと考えられています.てんかんを止めるための手術でも脳の切除術は脳に新しく傷を付けることになるからです.この新しい傷がてんかんの原因にならないようにするためにも術後もクスリをのみ続けることが必要です.
術後に,術前には特別に問題なかった量でも眠気やふらつきなどを主とした副作用が出現する場合,クスリをすこし減らします.手術がうまくいっている場合は少しくらい減らしても発作が再発したりしません.しかし術直後はクスリの血中濃度が不安定ですから,血中濃度が安定するまで何回も検査する必要があります.ですから,手術によってクスリを減らすという期待がないわけではありません.
術後,発作がなくなると知的能力が改善する例が多く見られますが,これはクスリを減らすことと関係なく,発作がなくなったことによって脳の働きがよくなったものと考えられます.
てんかんの手術のなかでも切除外科ではなく脳梁離断術や軟膜下皮質多切術などの遮断外科を行った場合は,クスリをだんだん減らしてやめることができる可能性は低くなります.
Q9.手術の前の検査はどんなものがありますか?
脳波,MRIやSPECTなどの技術が発達したことがてんかんの外科治療を発展させる原動力となりました.術前評価の最も重要なものは,脳波です.次に重要な検査は,磁気共鳴画像(MRI)検査です.脳血流(SPECT:スペクト)の検査もてんかんの焦点を探すときに役立ちます.以上の3つの検査で発作型と脳波の異常,部分的な脳の異常や焦点の場所が完全に一致すれば手術を行ってもよいという決定となります.手術をしてもよいかどうかの最終決定には手術を行う脳神経外科医のみではなく,てんかん専門医が参加した術前評価委員会(あるいは術前検討会)などで決定されることが望ましいと考えられます.
心理検査と高次脳機能検査も術前評価で欠かせない検査です.まず,利き手検査,知能・記憶検査,言語機能検査,性格テストなどを行います.知能指数や記憶能力を手術の前に検査しておき,手術の後に同じ検査を行って,知能や記憶などの脳の働きが手術により悪くなっていないかどうかをくわしく調べる必要があるからです.
手術をすることが決定されると,その直前に脳血管撮影を行います.さらには血管撮影といっしょにアミタールテストという検査も行います. 側頭葉てんかんの場合は,とくにどちらの大脳半球が優位かということが手術法を最終決定する上で大変重要な情報です.
Q10.手術を受ける場合の入院日数と手順について教えてください
入院すると先ず,てんかんが本当に難治性かどうかの判定が行われます.抗てんかん薬の血中濃度を頻回に検査しながらクスリの変更やその量の調整を行います.それと平行して,脳波検査や脳の画像診断が行われます.同じ検査を何回も繰り返して行う場合もあります.異常があると判定するためには,検査する度に常に同じ結果が認められるということを確認しなければならないからです.薬物治療に対して難治性で,手術をすればよくなる可能性があり,さらに手術ができそうだというときに,術前評価のプログラムが始められます.
術前評価の最後に脳血管撮影とアミタールテストを行います.術前評価の結果を参考にして硬膜下電極の留置術を行う必要があるか,どこに入れるかを検討します.硬膜下電極留置は,手術により確実に発作を止めるためにできる限り行った方がよいと考えられます.
したがって,入院後の時間経過は下のようになりますが,入院期間としては短くても3~4ヶ月を必要とします.
術前評価;1~2ヶ月手術1:硬膜下電極留置術
硬膜下皮質脳波記録;1~2週間
手術2:焦点切除術
回復期間;1ヶ月
術後評価;2週間
Q11.手術の方法を教えてください
手術の基本的な考え方は,てんかんの震源地(焦点)はできる限り完全に切除(切り取ること)するというもので切除外科といいます.発作が消失する可能性が高い手術法です.焦点が運動野(運動中枢)や言語野(言語中枢)のところにある場合は焦点を切除するとかならず片麻痺や言語障害が出るために,切除手術ができませんから他のやり方を考えなくてはいけません.それが遮断外科といわれているものです.遮断外科は焦点を切除しないで,てんかんが伝わる経路を断ち切ることによりてんかんが伝わらないようにして発作を止めようという手術法です.
切除外科
- 焦点切除術
- 脳葉切除術(ほとんどが側頭葉切除術です)
遮断外科
- 脳梁離断術
- 軟膜下皮質多切術
脳梁離断術は,左右の大脳半球を連絡する脳梁を離断(神経を途中で切断して伝わらなくすること)します.軟膜下皮質多切術は,運動野や言語野に焦点がある場合に,その部の焦点を切り取ることができないので,その皮質を5mm間隔に離断して,てんかんが伝わるのを防ぐ手術法です.それぞれの手術法については,それぞれのQ&Aをお読みください.
Q12.焦点切除術というのはどんな手術ですか?
焦点とは,脳波で発作が始まるところをてんかんの原因となる場所という意味からそう呼びます.焦点を含む脳の部分を切り取ってしまう手術を焦点切除術といいます.焦点を完全に切り取ってしまうことが出来れば,発作は完全に止まってしまう可能性が高いわけです.てんかんの外科治療の中では最も成績の良い手術法です.この脳を切り取るときに使うものが超音波メスと呼ばれるものです.血管や軟膜をいためずに脳組織だけを切ることができますのでてんかんの切除術には大変有用な手術機器です.
焦点が運動野や言語中枢にある場合はその部分を切り取ると必ず手足の麻痺や言語障害が出ますので,他の手術法を考えなければなりません.軟膜下皮質多切術という方法があります.超音波メスは軟膜下皮質多切術や脳梁離断術には通常用いません.
Q13.脳梁離断術というのはどんな手術で,どんなてんかんに有効なのですか
てんかんの外科治療の中で,切除可能な部分的な異常を有する症例や部分発作を有する症例には切除外科が大きな成果をあげています.それにくらべて,症候性全般性てんかんの患者は一般に発作症状や知的障害が重度で,外科治療に対する期待が大きいにもかかわらず切除外科の適応にはなりません.脳梁離断術 は遮断外科であり,このような症例に対する外科治療の一つとして確立され期待されています.焦点の場所が不明な例,焦点がいくつもある例など,切除外科が適応とならない患者に対して,左右の大脳半球を連絡する最大の交連線維である脳梁を切断して,てんかんが広く伝わらないようにすることで全般発作を抑制するものです. 発作抑制の効果は切除外科に大きくおよびませんが, 全般てんかんに対して適応を十分に考慮すれば,発作が完全に止まったり,発作が減る患者さんがいるため,現在では全般てんかんの有力な手術法とされています.
脳梁は左右の大脳半球を連絡する最大の神経線維の束です.最近の研究では女性の方が男性より脳梁の幅が厚いと報告されています.脳梁離断術で最も多く行われている前2/3の離断術という場合はおおよそ脳梁の前端から少し細くなっている部分までの範囲を示しています.一番後ろの膨大部は視覚や聴覚の認知や記憶機構に関係する交連線維がほとんど含まれており,脳の機能の重要な部分で,膨大部を含めた全脳梁離断術を行うと離断症候群という症状を出やすいことが良く知られています.
脳梁離断術は全般てんかんがその対象となりますが,対象となる症例は,片麻痺があったり知的障害が強いなど,重症例が多いのが特徴です.小児例での成績のほうが一般的によいことが報告され,失立・転倒発作といわれる頭から突然倒れるような発作を持つ例がもっともよい適応と考えらます.
Q14.運動野や言語中枢に焦点があると手術ができないのですか?
言語野や運動野に焦点がある場合は,切除術を行うとかならず後遺症が出ます.したがって,以前は手術ができませんでした.しかし,1989年にアメリカのモレルというてんかん医が軟膜下皮質多切術という画期的な手術法を考案し発表したことにより,この部の焦点に対して手術が可能となり,増えつつあります.
その優れた理論は図のようなものです.てんかんは厚さ4mmの皮質で起こります.それが横方向に伝わっててんかんとして広がりますので5mm間隔で皮質に切れ込みを入れるとてんかんは横へ伝わらなくなります.運動野から手や足の方に命令を伝える神経は皮質の下にある白質という方向つまり縦の方向に伸びていますので,この手術のやり方では縦方向にのびる神経を切断しないことになり運動の命令は正しく伝わります.したがって,手足の麻痺が後遺症として残ることは少なくなります.手術直後は切れ目を入れたところが腫れたりすることにより一過性に麻痺が出たりする場合がありますが,1~2週間で麻痺は治ってしまいます
Q15.側頭葉てんかんの手術について教えてください
側頭葉てんかんは難治てんかんの代表的なものであり,側頭葉てんかんに対する手術は最も確立されたものとしてたくさん行われています.側頭葉てんかんの大多数が海馬と扁桃核という側頭葉の内側部から発作が始まることから内側型の側頭葉てんかんといわれてきました.側頭葉てんかんの手術はこの内側構造をどのようなやり方で切除するかにより多少の違いがあります.
最も基本的な方法は,前側頭葉切除術(側頭葉の前のほうを切除する手術)という方法です.側頭葉の前の方および外側を一塊で切除してそれから海馬と扁桃核を切除する方法です.顕微鏡手術が進歩するとこの外側切除の範囲は機能温存を目標にして小さくなり裁断的前側頭葉切除術と呼ばれるようになりました.側頭葉外側を大きく切除すると言語障害や視野障害が出現する危険が大きいのです.
その他には,顕微鏡手術を用いて海馬と扁桃核だけを切除する方法も考案されています.
Q16.手術により起きうる合併症と後遺症について教えてください
脳神経外科手術の後に一般的に起こりうる合併症と後遺症と,てんかんの手術に特異的に起こりうる合併症と後遺症を分けて考えなければいけません.
脳神経外科手術にともなう一般的な合併症は,術後の頭蓋内出血,感染症,髄液漏(頭蓋内からの水漏れ),術後けいれんなどがありますが,その頻度は5%程度と考えます.ほとんどが一時的のものですが,これらの術後合併症が重症の場合には片麻痺や言語障害などが後遺症として残ることがあります.その確率は1%です.脳神経外科医はこのような合併症をなくすように細心の注意を払って手術を行っていますが,完全ということはありえません.
てんかんの手術にともなう合併症も硬膜下電極留置と切除術などの手術とでは多少異なります.硬膜下電極留置術では電極リードを何本も頭蓋外に出さなければいけませんので髄液漏の危険が非常に高くなります.水漏れだけでは問題ありませんが,水漏れが続くとそれに伴う感染の危険も大きいので,抗生物質の投与などで髄膜炎を防止しなければいけません.髄膜炎の可能性は2~3%です.髄液漏を防止するためにいろいろの工夫が行われます.
切除術の合併症は術後の頭蓋内出血,感染症,髄液漏,術後けいれん,脳梗塞などで2~3%と考えられます.その他に切除に伴う機能的合併症として単麻痺,片麻痺,言語障害,記銘力障害,視野障害などがあり,重症の場合は後遺症として残ることがあります.手術の種類により術後合併症の可能性に多少の差があります.しかし機能地図の作成など後遺症の出ないような手術を目指していますから,永久的な後遺症の確率は1%程度です.
Q17.治療費(手術料)の援助は受けられますか?
患者が子供の場合,小児慢性特定疾患という治療研究事業という制度がありますので,それに該当すれば入院中の患者の医療費が全額公費によって援助されます.てんかんで対象となるものは,ウエスト症候群(点頭てんかん)と結節性硬化症です.
結節性硬化症は小児慢性特定疾患に指定されていますので,18歳未満で1ヶ月以上の入院に対して入院費を含めて全額援助されることになっていますので,難治てんかんに対して手術を行っても手術料を含めた入院費の自己負担はなくなります.
手続きには,所定の申請書と医師の診断書,住民票を添えて保健所に申請することになっています.公費の援助は保健所に申請書を提出した日からとなっていますので,入院が決まったら早めにその申請の準備をした方がよいでしょう.病院のソーシャル・ワーカーと良く相談されることをおすすめします.その他にも県単位の援助が受けられる場合がありますので,ソーシャル・ワーカーと良く相談してください.
結節性硬化症は難治性のことが多く手術の適応となる遺伝性の強い病気です.脳のMRIをとると結節(かたまり)状の局所的な異常がたくさん発見される病気です.MRIによって比較的簡単に診断できる病気でもあります.この結節の石灰化がCTでも簡単に診断できることがあります.脳の結節性の異常がてんかんの原因になりやすいことがわかっていますので,皮質脳波を記録して焦点となっている結節を切除するのが最近の治療方法です.この結節は多発性のことが多く,何回も手術することが必要になる場合もあります.
Q18.手術後どのくらいで運転免許が取れますか?
手術後発作が消失しても3年間は運転しないように指導しています.3年間発作がなければ,薬を飲んでいても運転免許をとっても良いと思いますし,運転を始めても良いと思います.それまでの間に,自分勝手な判断で運転をするのは困ります.もし運転中に発作を起こして事故を引き起こした場合,大きな社会的問題になりますし,他のてんかん患者に大変な迷惑を与えることになります.術後発作が消失しても,主治医と良く相談しながら生活してください
Q19.結婚したいので術後のクスリの影響について教えてください
結婚適齢期の女性の患者に対しては,もし手術が可能であれば早めに手術を受けることを勧めます.手術により発作が消失すれば,結婚を考慮してまず奇形を出しにくいクスリに切り替え,さらに3年を待たずに中止するように検討します.発作の再発の心配があるときは単剤治療を続けますので,主治医と十分相談することが大切です.
男性の場合は,あまりクスリの影響は強くないようです.発作がなくなるとほとんどの人が結婚を真剣に考え始めます.私たちもそういう患者さん達を応援しています.
女性の場合,クスリをのんでいると,子供の奇形はクスリをのまない人の子供より多いことが知られています.奇形の種類は兎唇や心臓の奇形などです.デパケンやテグレトールなどで神経系の奇形が1%程度見られるそうです.いろいろなクスリを一緒にのむとその危険がさらに増すといわれています.アレビアチンやフェノバルビタール,マイソリンなどは単独では奇形の出る可能性が低いので,もし可能であれば結婚前にこれらのクスリに変えておきます.血中濃度が高いと奇形を出しやすくしますので,発作を起こさないぎりぎりの量まで下げることもよいと思います.
妊娠前に十分なカウンセリングが必要ですので,結婚に際しては必ず主治医に連絡し,十分な説明と管理を受けてください.結婚・妊娠を予定する場合,葉酸を多く含むものをできるだけ食べるようにします.そして妊娠がわかったら,葉酸*の補充を行い,デパケンやテグレトールをのんでいる場合は,奇形の可能性を検査します.女性では,子供ができた場合,母乳を与えてよいかどうかという問題があります.一般的にはあまり大きな問題がないといわれています.しかし,フェノバルビタール,マイソリン,セルシンなどは半減期(寿命)が長く,子供に対する鎮静作用が出るために,生後1週間は授乳をしない方がよいといわれています.